色彩とミステリー🌔
色彩論とミステリーとの間には、なんの関係もないように思われるかもしれないが、実はどちらもほぼ同じ時代に、それぞれ科学と文学の一分野として成立した、というあさからぬ因縁がある。両者は、いわば同じ時代精神を共有する同時代の文化的所産といえない事もない。
ミステリーの中の色彩について語るには、それが書かれた時代や、その当時の社会の文化的背景を抜きにしては語れない部分もある。
例えば、世界で初めての本格的推理小説と言われているエドガー・アラン・ポーの「モルグ街の殺人」の中で、主人公の探偵デュパンが、人間の視覚の働きについて、次のように説明するくだりがある。
「星はちらっと見る方が、、つまり網膜の外側を向ける方がはっきり見える事になる。(網膜は外側の方が内側よりも光の微かな印象を感じやすいから)星の輝きが1番よく判るんですよ。眼を星に真正面に向けると、星の光はぼんやりしてしまう。実際は、こういう風にした方が沢山の光が眼にはいるわけだけど、でも、光を捕らえる能力という点では上なのだ。」
この記念すべき世界最初のミステリーが発表されたのは1841年の事だが、ポーは網膜の
構想や弱い光に対する視覚の働きについて、当時としても大変正確な知識を述べているのである。おそらく彼は、同時代の視覚の研究について書かれた文献なども読んでいたのではないだろうか。異色の詩人、特異な小説家、しかも大変有能な編集者でもあったポーの通俗科学のファンでもあったのだろう。