忘れな草色のお話

忘れな草の伝説はドイツで生まれた。恋人のために小島の青い花を取りに行って急流に巻き込まれた青年が最後に叫んだ言葉「私を忘れないで」がそのまま花の名前になり英語のフォーゲットミーノットとなり1877年には英語の色名になった。

この伝説の花に魅せられたのは明治文学の若き先導者たち。上田敏の有名な訳詩集「海潮音」の中にルヘルム・アレントという詩人作の「わすれなぐさ」が紹介されている。

ながれのきしのひともとは

みそらのいろのみずあざき

なみ、ことごとく、くちづけし

はた、ことごとく、わすれゆく

これがそのまま日本でも花の名前、色の名前として知られることになったのだろう。

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