ドルトニズム

ドルトニズムと聞いてすぐに何かわかる方は眼科などの医師の方を除くと、そう多くはないと思います。

私が書くべき事ではないかもしれないが!色を扱う人間として、ぜひ書きたかった。

原子量の発見で知られるイギリスのジョン・ドルトン。彼は自分と弟の色覚が異常なことに気づき、1794年詳しい学会報告をしました。

「ジョン・ドルトンが日常生活の中でどのようにして自分が色覚異常である事を知りえたのか?」を、もう少し詳しくふれてみたいと思います。

ドルトンは、自分自身が色覚異常である事から、その科学的研究を行い、1794年に学会で報告をし、その後の色覚異常の基を築きました。その事から色覚異常の事を「ドルトニズム」と呼びます。

彼の眼は、生前の本人の希望により死後解剖され、その150年後、分子遺学の技術を使って、彼の遺伝子は解剖されました。

ジョン・ドルトンが自分の色覚異常に気づくようになったといわれる一つの逸話があります。

ただし、今から220年以上前のイギリスの事で、今のような戸籍もなく、彼が6人兄弟の何番目か、誕生日もはっきりわからない時代に言い伝えられた事なので、事実なのかは、よくわからない。

ジョン・ドルトンは貧しいクェーカー教徒(キリスト教の一派)の両親から生まれました。彼は母親の誕生日プレゼントとして礼拝の時に履いていく絹製の靴下を買いました。喜んでくれるだろうとの彼の期待を裏切って、母は「こんな赤い靴下を履いて礼拝には行けないわ」と言いました。

しかし彼には、その靴下は青黒味を帯びた褐色で礼拝にはぴったりに見えました。お兄さんもドルトンと同じ意見でした。

「お母さんの眼がおかしい」という事になりました。お母さんは、隣近所の人に見せました。「上等だけど、とても赤い」と皆んな言いました。兄弟2人は、色覚異常に気づきました。彼が26才の頃でした。

また、楽しいお話&知らなかったお話を載せますね!

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